幕末から明治維新へと向かう激動の時代。
日本では、後に歴史を大きく変えることになる若者たちが、海外の知識や新しい思想を学び始めていました。
そんな幕末史の中で、現在も謎めいた存在として語られている一枚の写真があります。
それが、いわゆる「フルベッキ集合写真」です。
一枚の古い写真の中に、明治維新を担った歴史上の人物たちが大量に写っている――。
もし本当にそうだとすれば、この写真は単なる記念写真ではありません。
幕末の志士たちが一堂に会した、歴史的な証拠写真ということになります。
しかし、その人物同定には大きな疑問があり、現在では「本当に坂本龍馬や西郷隆盛、勝海舟らが写っているのか?」という議論が続いています。
では、この写真はいったい何を写したものなのでしょうか。
そして、なぜこれほどまでに「幕末の偉人が集結した写真」として知られるようになったのでしょうか。
■ フルベッキとは何者だったのか?
まず、写真の名前になっている「フルベッキ」について見てみましょう。
グイド・フルベッキ。
オランダ系アメリカ人の宣教師で、幕末から明治初期の日本に滞在し、西洋の学問や制度を日本人に伝えた人物です。
フルベッキは長崎で活動し、後に明治政府の近代化にも関わることになります。
特に重要なのが、長崎の英学所などで若い日本人たちに英語や西洋の知識を教えたことです。
幕末の日本では、欧米諸国との接触が急速に増えていました。
そのため、西洋の言語、政治、軍事、科学などを学ぶことは、これからの日本を考える上で非常に重要でした。
フルベッキの周囲には、そんな新時代を目指す若者たちが集まっていたのです。
■ 謎の集合写真
問題の写真には、多数の若者や大人が並んで写っています。
中央付近にはフルベッキとされる人物が座り、その周囲には日本人の若者たちが並んでいます。
写真そのものは幕末から明治初期のものと考えられており、非常に貴重な歴史資料であることは間違いありません。
ところが、後世になってこの写真に驚くべき人物名が付けられるようになります。
坂本龍馬。
西郷隆盛。
高杉晋作。
伊藤博文。
大久保利通。
勝海舟。
さらには、明治維新に関わった数多くの人物が写っているという説まで登場します。
もしこれが事実なら、とんでもない写真です。
幕末の歴史を動かした人物たちが、同じ場所に集まっていたことになるからです。
■ 「坂本龍馬が写っている?」
特に有名なのが、坂本龍馬説です。
写真の中にいる一人の若者が、坂本龍馬に非常によく似ていると指摘されました。
坂本龍馬といえば、薩長同盟や大政奉還などに関わった幕末の英雄として知られています。
しかし、ここには大きな問題があります。
坂本龍馬には、現在一般に「本人の写真」として知られている肖像写真があります。
そのため、顔の特徴を比較すれば「似ている」と感じる人がいる一方、写真史や人物史の観点からは、単純に同一人物と断定することはできません。
そもそも、集合写真に写る人物が誰なのかを裏付ける同時代の記録が十分に残っているわけではありません。
つまり、
「顔が似ている」=「本人である」
ではないのです。
■ 西郷隆盛まで写っている?
さらに驚くべき説が、西郷隆盛です。
西郷隆盛は薩摩藩出身で、明治維新の中心人物の一人でした。
しかし、西郷についても写真に写っているとする説には慎重な検証が必要です。
そもそも、西郷隆盛本人の写真とされるものについても、肖像画や後世の再現などが絡み、幕末の人物写真を正確に比較することは簡単ではありません。
さらに、集合写真が撮影されたとされる時期や場所と、それぞれの人物の行動記録を照合すると、全員が同じ場所に集まることが本当に可能だったのかという問題も出てきます。
歴史上の人物を写真の中から探す場合、顔だけを見るのではなく、
撮影時期、場所、人物の行動記録、写真技術、同時代資料
などを総合的に確認する必要があります。
■ なぜ「幕末オールスター写真」になったのか?
では、なぜこの写真にこれほど多くの有名人物が結び付けられたのでしょうか。
大きな理由の一つは、明治維新という歴史そのものの特殊性にあります。
幕末から明治初期にかけては、日本全国から多くの若者が長崎や京都などに集まり、西洋の知識を学びました。
その中には、後に政府の高官となる人物もいました。
つまり、実際に「未来の日本を担う若者たち」が同じ時代、同じ地域に集まっていたのです。
そのため、集合写真に写っている無名の若者を見て、後世の人々が「この人物は、あの有名人ではないか?」と考える余地が生まれました。
そして人物同定が繰り返されるうちに、写真は次第に「幕末の偉人たちが一堂に会した写真」というイメージを持つようになっていきました。
■ 写真の人物同定には注意が必要
古写真の人物を特定することは、実は非常に難しい作業です。
現代の写真であれば、撮影日時や位置情報、本人のSNSなど、人物を特定する手掛かりが大量に存在します。
しかし幕末の写真には、そのような情報がほとんどありません。
さらに、当時の写真は現在のように大量に撮影されたものではありません。
写真館で長時間じっとして撮影する必要があり、同じ人物の写真資料そのものが少ないケースもあります。
そのため、
「この顔は○○に似ている」
という印象だけで人物を断定すると、誤認が起きる可能性があります。
■ 「歴史の空白」が都市伝説を生み出す
フルベッキ集合写真が面白いのは、完全な偽物として簡単に片付けられるものでもない点です。
写真そのものは歴史的な資料として存在しています。
フルベッキという人物も実在しました。
そして、その周辺に幕末の若者たちが集まっていたことも事実です。
問題は、
「写真に写っている人物が誰なのか」
という部分です。
ここに情報の空白があります。
その空白に、後世の人々が歴史上の有名人物を当てはめていった。
それが、この写真をめぐる謎を大きくした可能性があります。
■ もし本当に坂本龍馬たちだったら?
ここからは都市伝説として考えてみましょう。
もし本当に写真の中に坂本龍馬、高杉晋作、西郷隆盛、伊藤博文、大久保利通などが勢ぞろいしていたとしたら――。
それはまさに、「明治維新の首脳会議」とも呼べる一枚です。
まだ日本が江戸幕府の支配下にあった時代。
その後、日本を大きく変えることになる若者たちが一つの場所に集まり、西洋の知識を学んでいた。
そして、その数年後に幕府は倒れ、日本は近代国家へと変貌していく。
もし写真が本当にその瞬間を記録していたのなら、歴史的価値は計り知れません。
しかし現在確認されている資料だけから、写真に写る全員を歴史上の有名人物として断定することはできません。
■ 写真が示している「本当のもの」
では、この写真には何の意味もないのでしょうか。
決してそんなことはありません。
むしろ重要なのは、写真に写る人物一人ひとりの名前以上に、幕末の日本で西洋の知識を学ぼうとした若者たちが存在したという事実です。
江戸時代の日本は長い鎖国体制の中にありました。
しかし幕末になると、海外との交流が急速に増加します。
軍事技術。
医学。
科学。
語学。
政治制度。
新しい知識を求める若者たちが各地から集まりました。
そして、その中から後の日本を動かす人材が次々と登場します。
フルベッキ集合写真は、そうした「新しい日本を作ろうとした若者たち」の時代を象徴する資料として見ることもできます。
■ 明治維新の「集合写真」だったのか?
現在、フルベッキ集合写真をめぐっては、様々な人物名が挙げられています。
しかし、歴史資料として重要なのは、誰に似ているかではありません。
誰が、いつ、どこで、何のために撮影した写真なのか。
この基本的な情報を確定させることです。
写真の撮影背景については複数の説が存在しますが、人物同定については慎重な検討が必要です。
特に、後世に作られた人物一覧を、そのまま幕末当時の確定情報として扱うことには注意しなければなりません。
■ なぜ今も人々を惹きつけるのか?
フルベッキ集合写真が現在まで語り継がれている理由は、そこに「歴史のもしも」が存在するからでしょう。
もし写真の人物が本当に坂本龍馬だったら。
もし西郷隆盛も写っていたら。
もし後の明治政府を作った人物たちが、この時点ですでに顔を合わせていたら。
一枚の写真が、幕末史の見え方を大きく変えてしまいます。
だからこそ、人々は写真の中に「歴史の答え」を探してしまうのです。
■ フルベッキ集合写真の謎――本当に偉人たちは写っているのか?
現時点で最も慎重な結論を言えば、フルベッキ集合写真そのものは歴史的に興味深い古写真ですが、そこに坂本龍馬や西郷隆盛など幕末の著名人が多数写っているという人物同定については、確実な証拠があるとは言い切れません。
つまり、
「写真は本物かもしれない。しかし、そこに誰が写っているのかは別問題」
ということです。
これは都市伝説を考える上でも非常に重要なポイントです。
写真が実在することと、写真に付けられた物語がすべて事実であることは同じではありません。
■ 最後に残る一枚の写真
幕末の日本。
古い写真の中で、若者たちがこちらを見つめています。
彼らの名前は、すべて分かっているわけではありません。
しかし、その中には確かに、これから大きく変わろうとしていた日本を生きた人々がいました。
もしかすると、その中の誰かが後に歴史を動かした人物だったのかもしれません。
あるいは、私たちが知っている有名人とはまったく別の人物だったのかもしれません。
写真が残したものは、確定した答えではありません。
むしろ、「この人物たちは誰なのか?」という問いそのものです。
そして一枚の古写真をきっかけに、幕末という時代に生きた人々の姿を想像することができます。
もし、写真の中の人物の一人が本当に坂本龍馬だったとしたら――。
彼は何を考えながら、カメラの前に立っていたのでしょうか。
そして、その数年後に日本を大きく変えることになる「明治維新」を、彼はどこまで予想していたのでしょうか。
フルベッキ集合写真が今も謎として残っている理由は、写真そのものよりも、そこに「まだ名前の付いていない歴史」が写っているからなのかもしれません。
フルベッキ集合写真が示すもの
幕末オールスターは本当に写っているのか?