みんなに話せる都市伝説

マリー・セレスト号以外の幽霊船

海に残された「誰もいない船」の謎

海の上を、誰も乗っていない船が漂っている。

エンジンは止まっているのか。

それとも、誰かが船内にいるのか。

近づいてみると、そこには食料や衣服、航海道具まで残されている。

しかし――。

乗組員だけが、跡形もなく消えている。

こうした船は、いつしか「幽霊船」と呼ばれるようになりました。

最も有名なのは、1872年に大西洋で発見されたマリー・セレスト号です。

しかし、実は海洋史には、マリー・セレスト号に負けないほど奇妙な幽霊船事件がいくつも存在します。

乗組員全員が消えた船。

無人のまま漂流し続けた船。

乗組員の痕跡だけを残して消えた船。

そして、そもそも「本当に存在したのか」さえ疑われている船。

今回は、マリー・セレスト号以外の代表的な幽霊船を取り上げながら、そこに隠された謎を追っていきます。

■ 「幽霊船」とは何なのか?

一般的に幽霊船という言葉は、乗組員がいない状態で発見された船や、無人のまま漂流する船を指します。

もちろん、幽霊や亡霊が乗っているという意味ではありません。

実際には、船が事故や遭難、反乱などによって放棄され、その後無人のまま海を漂流するケースがあります。

しかし、なぜ乗組員が船を捨てたのか。

どこへ消えたのか。

そして、なぜ船だけが残ったのか。

その理由が分からない場合、事件は一気に「怪談」のような雰囲気を帯びてきます。

特に昔の海では、現在のようなGPSや衛星通信がありませんでした。

一度海上で行方不明になれば、その後の足取りを追跡することは極めて困難でした。

そのため、幽霊船には現実的な事故と、説明のつかない謎が混在しています。

■ ① キャロル・A・ディアリング号――乗組員が全員消えた船

最初に紹介したいのが、1921年にアメリカ東海岸で発見された「キャロル・A・ディアリング号」です。

この事件は、実際にアメリカ沿岸警備隊などが調査した記録が残る、非常に有名な幽霊船事件です。

キャロル・A・ディアリング号は、5本のマストを持つ大型の帆船でした。

1921年1月、バルバドスからアメリカへ向けて航海していました。

ところが、航海途中から船の様子がおかしくなります。

そして1月31日。

ノースカロライナ州沖のダイヤモンド・ショールズで、船は座礁しているところを発見されました。

しかし――。

船内には誰もいませんでした。

乗組員は全員、消えていたのです。

■ 船の中には何が残されていたのか?

救助側が船を調査すると、さらに奇妙なことが分かりました。

救命ボートがなくなっていました。

航海関係の書類や一部の航海機器も失われていました。

乗組員の私物もなくなっていました。

一方で、船そのものは残されていました。

つまり、乗組員たちは何らかの理由で船を離れ、救命ボートなどで脱出した可能性があります。

しかし、その後の消息は完全に途絶えました。

誰一人として発見されませんでした。

遺体も見つかっていません。

■ 海賊だったのか?

当然、当時から様々な説が浮上しました。

その中でも有力視されたのが、海賊による襲撃です。

1920年代には、船舶を狙った犯罪や密輸なども問題になっていました。

そのため、乗組員が海賊に襲われた可能性も疑われました。

また、反乱や船内トラブルの可能性も考えられました。

しかし、決定的な証拠は見つかりませんでした。

アメリカ政府の複数機関が調査しましたが、乗組員がなぜ消えたのかについて決着はつきませんでした。

現在も、キャロル・A・ディアリング号は「謎の失踪事件」の一つとして知られています。

■ ② SSアワン・メダン号――「死体が笑っていた」という恐怖

次に紹介するのは、さらに不気味な話です。

それが、SSアワン・メダン号です。

この船については、1940年代に伝えられた奇妙な遭難事件の物語があります。

ある日、船からSOS通信が発信されたといいます。

その通信には、乗組員が次々と死亡していることを示す不気味な内容が含まれていたとされています。

そして救助に向かった船がアワン・メダン号を発見。

船内には、乗組員の遺体が残されていた――。

しかも、その顔は恐怖に凍りつき、目を見開いたままだった。

そんな恐ろしい証言が後世に伝わっています。

■ しかし、この船には重大な問題がある

ここまで聞くと、史上最恐の幽霊船に思えるでしょう。

ところが、アワン・メダン号には非常に大きな問題があります。

その船が実際に存在したことを裏付ける確かな公式記録が確認できないのです。

事件の場所や年代、関係した船などについても、伝承によって内容が変化しています。

さらに、物語の初期の報告と後年の報告にも食い違いがあります。

つまり――。

「本当にそんな船が存在したのか?」

という、もっと根本的な疑問が残っています。

■ 毒ガス説まで登場した

この事件については、様々な仮説が語られました。

例えば、船内に積まれていた危険な化学物質から有毒ガスが発生したのではないか、という説です。

もし有毒ガスが船内に充満すれば、乗組員が一斉に倒れる可能性はあります。

しかし、この説を裏付ける決定的な物証はありません。

むしろ現在では、アワン・メダン号そのものが実在したのかどうかを含め、物語の信頼性に強い疑問が持たれています。

つまり、この幽霊船は、歴史的事実と都市伝説の境界線に存在する船なのです。

■ ③ MVジョイタ号――南太平洋で消えた乗客たち

幽霊船の中には、より現代に近い事件もあります。

その一つが、1955年に起きたMVジョイタ号事件です。

ジョイタ号は、南太平洋を航行していた小型船でした。

1955年10月、ジョイタ号はサモアからトケラウ諸島方面へ向けて出航しました。

ところが、予定通り到着しません。

船は行方不明になりました。

捜索が行われましたが、すぐには発見されませんでした。

そして約5週間後――。

ジョイタ号は、無人の状態で海上を漂っているところを発見されました。

■ なぜ船だけが残ったのか?

ジョイタ号には、乗客と乗組員がいました。

しかし、発見された船には誰もいませんでした。

それだけではありません。

船体は大きく損傷していたにもかかわらず、完全には沈没していませんでした。

救命設備や医療用品などが使用された形跡もあり、何らかの緊急事態が発生した可能性が考えられました。

しかし、乗っていた人々の行方は分かりませんでした。

海に投げ出されたのか。

救命ボートで脱出したのか。

誰かに襲われたのか。

その答えは現在も完全には分かっていません。

■ ④ SSベイチモ号――何年も漂流し続けた「幽霊船」

さらに奇妙なのが、SSベイチモ号です。

この船は、1920年代にアラスカ周辺で活動していた貨物船でした。

1931年、ベイチモ号は海氷に閉じ込められます。

乗組員は船から離れ、陸上へ移動しました。

ところが――。

その後、船が姿を消します。

普通なら、氷の中に閉じ込められた船がそのまま沈没したと考えるでしょう。

しかし、しばらくするとベイチモ号は再び発見されます。

そして驚くことに、その船には誰も乗っていませんでした。

■ 「無人の船」が何度も目撃された

ベイチモ号は、その後も氷の海を漂流したとされています。

何度も人々に目撃されました。

しかし、船内には誰もいない。

それでも船は沈まず、海氷の中を移動していく。

まるで巨大な幽霊船のように、北極圏を漂い続けたのです。

このような「無人船が長期間漂流する」という現象は、海洋史の中でも特に異様です。

■ ⑤ フライング・ダッチマン――実在した船なのか?

ここで少し方向を変えましょう。

幽霊船と聞いて、多くの人が思い浮かべるのが、

「フライング・ダッチマン」

です。

これは、嵐の海を永遠にさまよう幽霊船として有名な伝説です。

船長が神への冒涜を行い、その罰として永遠に海を漂うことになった――。

そんな物語として知られています。

しかし、こちらはキャロル・A・ディアリング号のような「実際に無人船が発見された事件」とは性質が違います。

フライング・ダッチマンは、基本的には海洋伝説です。

つまり、幽霊船には、

「実際に存在した無人船」

と、

「伝説として語り継がれる幽霊船」

の二種類があるのです。

■ ⑥ ゼブリナ号――乗組員だけが消えた船

1917年には、ゼブリナ号という帆船も奇妙な状態で発見されています。

この船は石炭を積んでイギリスからフランスへ向かっていました。

ところが、フランス沿岸で船が発見されます。

船そのものは大きく損傷していませんでした。

しかし――。

乗組員がいません。

船だけが残されていたのです。

海難事故だったのか。

何らかのトラブルで救命ボートへ移ったのか。

あるいは別の事件に巻き込まれたのか。

正確な経緯は分かっていません。

このような事件が積み重なることで、「海には人間だけが消える船がある」という不気味なイメージが形成されていきました。

■ なぜ「幽霊船」は生まれるのか?

ここまで様々な事件を見てくると、ある共通点が見えてきます。

それは、船が「無人になる理由」が分からないということです。

実際には、海上で船を放棄する理由はいくつも考えられます。

火災。

浸水。

嵐。

船体の損傷。

反乱。

海賊。

有毒ガス。

そして、船が沈むと思い込んでしまったこと。

問題は、乗組員が船を離れた後に救助されなければ、その理由を確認できなくなることです。

すると、残された船だけが「証拠」になります。

しかし、船は何も語りません。

■ 海は「証拠」を消してしまう

陸上の事件なら、現場に痕跡が残る可能性があります。

しかし海では違います。

波が証拠を流します。

潮流が遺留品を運びます。

遺体が発見されないこともあります。

そして時間が経てば、船そのものが沈んでしまうこともあります。

そのため、海上で起きた事件は、陸上の事件よりもはるかに「謎」が残りやすいのです。

■ 「幽霊船=超常現象」ではない

幽霊船という言葉を聞くと、どうしても幽霊や呪いを想像してしまいます。

しかし、実際の事件を調べていくと、超常現象を持ち出さなくても説明できる可能性があります。

例えばキャロル・A・ディアリング号なら、海賊、反乱、事故などの可能性があります。

ジョイタ号なら、船体トラブルや緊急避難などが考えられます。

ベイチモ号なら、氷に閉じ込められた船がその後も漂流したという、自然現象だけでも十分に異常な出来事が起こり得ます。

つまり、

「現実だけで十分に怖い」

というのが幽霊船事件の面白さなのです。

■ そして「アワン・メダン号」のような伝説もある

一方で、すべての幽霊船伝説が史実というわけではありません。

アワン・メダン号のように、実在を確認できる資料が乏しく、後世になるほど物語が膨らんでいったケースもあります。

これは都市伝説を考えるうえで非常に重要です。

「誰かがそう語った」

ことと、

「実際にその事件が起きた」

ことは同じではありません。

幽霊船の場合、数十年、数百年にわたって語り継がれるうちに、恐ろしいディテールが追加されることがあります。

そして、いつしか最初の事件と伝説の境界が分からなくなってしまうのです。

■ 最も怖い幽霊船はどれなのか?

「最も怖い幽霊船」を一つ選ぶなら、実在性と謎の深さを考えて、キャロル・A・ディアリング号はかなり有力でしょう。

なぜなら、これは単なる怪談ではありません。

実際に船が発見され、アメリカ当局が調査し、乗組員の失踪について明確な結論が出なかった事件だからです。

そして何より恐ろしいのは、船内に「何が起きたのか」を語れる人間が一人も残っていないことです。

■ 幽霊船が残す最大の謎

幽霊船事件を調べていると、ある一つの疑問に行き着きます。

「最後に船に乗っていた人たちは、何を見たのか?」

それは誰にも分かりません。

海の上で何か恐ろしい出来事が起きたのかもしれない。

あるいは、単純な事故だったのかもしれません。

船を放棄する判断をしたものの、救命ボートが転覆した可能性もあります。

しかし、乗組員が全員消えてしまえば、どれだけ調査しても推測しかできません。

だからこそ、幽霊船は何十年経っても謎として残り続けます。

■ もし、今夜あなたが海で無人の船を見つけたら?

想像してみてください。

夜の海を航行している。

遠くに船の灯りが見える。

しかし、船は不自然なほど静かです。

呼びかけても返事がない。

近づいてみると、船は普通に浮かんでいる。

エンジンも動いている。

食事の準備も残っている。

救命ボートだけがない。

そして――。

船内には誰もいない。

この瞬間、あなたならどう考えるでしょうか。

事故なのか。

犯罪なのか。

それとも――。

この船に乗っていた人々は、いったいどこへ消えたのか。

■ 最後に残る「海の謎」

マリー・セレスト号は、幽霊船という言葉そのものを象徴する存在になりました。

しかし、その後の海にも、同じように乗組員が消えた船は存在します。

キャロル・A・ディアリング号。

アワン・メダン号。

ジョイタ号。

ベイチモ号。

そして数多くの名も知られていない無人船。

その中には、現実の事故として説明できるものもあれば、資料が少なく真相が分からないものもあります。

そして、アワン・メダン号のように、そもそも実在したのかどうかさえ疑われる伝説もあります。

だからこそ、幽霊船の本当の恐怖は「幽霊」ではありません。

それは――。

「誰も真相を語れない」

ということなのかもしれません。

海は広く、深く、そして静かです。

そこでは、人間が消えた理由も、最後に何が起きたのかも、すべてを波の向こうへ持ち去ってしまいます。

そして今日も世界のどこかで、誰も乗っていない船が、静かに海を漂っているのかもしれません。
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