みんなに話せる都市伝説

ゾディアック事件の謎

正体不明の犯人が残した「暗号」と、半世紀を超えて解けない真相

1968年から1969年にかけて、アメリカ・カリフォルニア州を震撼させた連続襲撃事件がありました。

犯人は自らを、

「Zodiac(ゾディアック)」

と名乗りました。

警察へ送られた手紙。
新聞社へ送りつけられた暗号。
そして、犯人しか知り得ないはずの犯行内容。

ゾディアックは、自分が起こしたと主張する事件について、メディアを通じて社会を挑発し続けました。

ところが――。

その正体は、現在に至るまで確定していません。

さらに犯人が送りつけた暗号の一部は、50年以上もの間、世界中の暗号解読者を悩ませることになります。

なぜ犯人は暗号を残したのか。

警察はなぜ正体を突き止められなかったのか。

そして――。

ゾディアックは本当に複数の殺人事件を起こした本人だったのでしょうか。

今回は、アメリカ犯罪史上でも特に有名な未解決事件、

「ゾディアック事件」

の謎に迫ります。

■ 最初の事件――1968年、若い男女が襲われた

1968年12月20日。

カリフォルニア州ベニシア近郊の「レイク・ハーマン・ロード」で、若い男女が車の中で襲撃されました。

被害者は、17歳のデビッド・ファラデーと16歳のベティ・ルー・ジェンセン。

二人は車を停めていたところを銃撃され、ファラデーは死亡。

ジェンセンも複数の銃弾を受け、命を落としました。

この時点では、特別に異様な事件だったわけではありません。

警察は通常の殺人事件として捜査を開始しました。

しかし、翌年――。

同じ地域で、再び不可解な襲撃事件が発生します。

■ 2件目の襲撃――犯人は生存者を残した

1969年7月4日。

カリフォルニア州ヴァレーホのブルー・ロック・スプリングス・パーク。

18歳のダーレン・フェリンと22歳のマイケル・マジューが車の中にいました。

そこへ別の車が近づき、犯人は二人を銃撃します。

フェリンは死亡。

マジューは重傷を負いましたが、生き残りました。

ここで、事件は一気に奇妙な方向へ進みます。

犯人は警察へ電話をかけ、犯行について自ら語ったのです。

さらに、最初の事件についても自分が犯人だと主張しました。

そして、その直後から新聞社へ奇妙な手紙を送り始めます。

■ 「Zodiac」を名乗った男

1969年8月1日。

サンフランシスコ・クロニクルなどの新聞社に、犯人から手紙が届きました。

その手紙には、自分が過去に起こしたと主張する事件の詳細が記されていました。

さらに、犯人は新聞紙上で自分の暗号を公開するよう要求します。

暗号を掲載しなければ、さらに人を殺す。

そんな脅迫まで行ったのです。

そして手紙の中で使用されたのが、特徴的な十字線のようなマークを持つシンボルでした。

犯人は自分自身を、

「Zodiac」

と名乗ります。

これ以降、世界中で「ゾディアック事件」と呼ばれるようになりました。

■ 最大の謎――ゾディアック暗号

ゾディアック事件を一躍有名にしたのが、犯人が新聞社へ送りつけた暗号です。

特に有名なのが、いわゆる「408文字暗号」です。

これは複数の新聞社へ送られた暗号を組み合わせることで、408個の記号からなる暗号文となりました。

そして驚くべきことに、この暗号は一般市民によって解読されます。

学校教師のドナルド・ハーデンと、その妻ベティが中心となって解読に取り組みました。

解読された文章には、犯人の異常な思想が書かれていました。

犯人は、自分が人を殺すことを楽しんでいると示唆し、死後の世界についても語っていました。

さらに、刑務所に入ることを恐れていないという趣旨の内容も含まれていました。

しかし――。

ここで重要なのは、

「暗号を解読できた=犯人の正体が分かった」

わけではないことです。

暗号には犯人の名前を直接示す情報はありませんでした。

むしろ、犯人が自分自身について語るための文章だったのです。

■ そして「340文字暗号」が残された

ゾディアックは、その後も暗号を送り続けました。

その中でも特に有名なのが、1969年11月に送られた「340文字暗号」です。

こちらは長い間、解読不能でした。

暗号解読の専門家だけではありません。

一般の愛好家。

数学者。

コンピューターを使った解析者。

世界中の人々が、この暗号に挑戦しました。

ところが、なかなか意味のある文章を導き出すことができませんでした。

そして――。

この暗号が解読されたのは、なんと2020年でした。

事件から約51年後のことです。

■ 51年後に解読された暗号

2020年12月。

アメリカ、オーストラリア、ベルギーの3人の暗号解読者によって、340文字暗号が解読されたと発表されました。

暗号の中には、犯人が死刑執行を恐れていないことや、テレビ番組で有名になった人物について言及する内容などが含まれていました。

さらに有名なのが、

「ガス室にいる自分ではない」

という趣旨の文章です。

これは、ゾディアックが自分の身元を直接明かしたという意味ではありません。

むしろ、暗号を解読した人々を挑発するような内容でした。

つまり、51年かけて暗号を解読しても――。

犯人の名前は出てこなかったのです。

■ なぜ犯人は暗号を残したのか?

ここにはいくつもの説があります。

一つは、単純に警察や社会を挑発するため。

犯人は、自分の存在を世間に知らしめることに強い執着を持っていたと考えられています。

新聞社へ手紙を送り、警察を挑発し、暗号を送りつける。

まるで、

「自分を捕まえられるものなら捕まえてみろ」

と言っているかのようです。

もう一つは、自己顕示欲です。

犯人にとって殺人そのものだけではなく、

「社会を恐怖に陥れている自分」

という存在そのものが目的だった可能性があります。

■ 3件目の事件――タクシー運転手殺害

1969年10月11日。

サンフランシスコで、タクシー運転手のポール・スタインが射殺されました。

犯人はスタインの車に乗り込み、頭部を銃撃しました。

この事件は、ゾディアック事件の中でも特に重要です。

なぜなら、犯人は犯行後に被害者の衣服の一部を切り取り、新聞社へ送りつけたからです。

さらに手紙には、警察を挑発する内容が書かれていました。

そして、この事件については、犯人が自分の犯行だと示す証拠を残したと考えられています。

ところが、ここにも奇妙な点があります。

警察が犯人の姿を目撃していた可能性があったにもかかわらず、逮捕には至りませんでした。

■ なぜ警察は犯人を逃したのか?

ポール・スタイン殺害の直後、警察へ犯人の特徴が伝えられました。

ところが、警察無線で伝達された容疑者の特徴に誤りが生じたとされています。

その結果、警察官が実際の犯人と接触した可能性がありながら、犯人だと認識できなかったという説があります。

もしこれが事実なら――。

ゾディアックは、逮捕される直前まで警察のすぐ近くにいたことになります。

そして、そのまま姿を消しました。

この出来事は、ゾディアック事件最大級の「もしも」の一つです。

■ その後、事件は突然途絶える

1969年以降、ゾディアックからは複数の手紙が届きました。

しかし、1970年代に入ると、手紙の頻度は次第に減少します。

そして最終的に、犯人による確実な犯行は確認されなくなりました。

ここで大きな謎が生まれます。

「ゾディアックはなぜ突然消えたのか?」

死亡したのか。

逮捕されたのか。

別の犯罪で服役したのか。

それとも――。

普通の生活に戻ったのか。

誰にも分かりません。

■ 「ゾディアックは何人殺したのか?」

実は、これも完全には分かっていません。

ゾディアック本人は、手紙の中で多くの殺人を自分の犯行だと主張しています。

しかし、すべてが事実だったとは限りません。

犯人が自分を大きく見せるため、実際には関係のない事件まで自分の犯行だと主張した可能性もあります。

警察がゾディアックによる犯行として強く関連付けている事件は限られています。

一般的には、4件の襲撃で5人が死亡し、2人が生存した事件が中心的に扱われます。

一方、ゾディアック自身は、もっと多くの人間を殺害したと主張していました。

この「犯人の自己申告」と「確認された事実」の違いも、事件を複雑にしています。

■ 「私は何人殺した」という数字の謎

ゾディアックの手紙には、犯行数を示すような記述も登場します。

しかし、数字が実際の殺人件数と一致するとは限りません。

むしろ、この数字そのものが警察やメディアを混乱させるための情報だった可能性があります。

犯人が本当に殺した人数。

犯人が殺したと主張した人数。

そして、ゾディアックとは無関係だった可能性のある事件。

これらを完全に区別することは、現在でも難しいのです。

■ 最も有名な容疑者――アーサー・リー・アレン

ゾディアック事件には、これまで数多くの容疑者が浮上しました。

その中でも特に有名なのが、アーサー・リー・アレンです。

彼は事件当時、ゾディアックの犯人ではないかと疑われました。

その理由は複数あります。

ゾディアック事件に関連する情報との接点。

周囲の人物による証言。

不審な言動。

そして、事件に関係すると疑われる物証などです。

しかし、アレンについて決定的な証拠は見つかりませんでした。

指紋。

筆跡。

DNA。

複数の捜査結果が、彼を犯人だと断定するには不十分でした。

そのため、現在でも「有力視された容疑者の一人」という位置付けにとどまっています。

■ では、アーサー・リー・アレンが犯人だったのか?

ここがゾディアック事件の難しいところです。

アレンには疑わしい点が数多く指摘されてきました。

しかし、

「怪しい」

ことと、

「犯人だと証明された」

ことはまったく違います。

法的にも、科学的にも、アレンをゾディアック本人と断定できる決定的証拠はありません。

そしてアレンは2007年に死亡しました。

本人が真実を語る機会も、永遠に失われました。

■ 「DNAで犯人を特定できないのか?」

現代なら、DNA鑑定を使えば簡単に犯人が分かりそうに思えます。

しかし、ゾディアック事件ではそう単純ではありません。

問題は、犯人本人のDNAが確実に残っていると断定できる資料が少ないことです。

ゾディアックから送られた手紙や封筒などにDNAが残っていたとしても、そこに付着しているDNAが、必ずしも犯人本人のものだとは限りません。

郵便局員。

新聞社の職員。

捜査関係者。

その他の人物。

様々な人間が手紙に触れる可能性があります。

また、DNAが検出されたとしても、それが犯人のものだと証明するためには、比較対象となる確実なDNAが必要です。

■ 2020年、「暗号」は解けた

ここでゾディアック事件に大きな動きがありました。

長年解読されなかった340文字暗号が、2020年に解読されたのです。

しかし――。

犯人の名前は書かれていませんでした。

つまり、半世紀以上にわたる暗号解読の旅が終わったにもかかわらず、最大の謎は残されたままです。

「犯人は誰なのか?」

その答えは、暗号の中にはありませんでした。

むしろ暗号は、ゾディアックという人物が最後まで人々を挑発し続けていたことを示すものになったのです。

■ もう一つの謎――「13文字暗号」

ゾディアックが残した暗号の中には、短い暗号文も存在します。

特に有名なのが、いわゆる「13文字暗号」です。

この暗号については、犯人の名前を示しているのではないかという説があります。

しかし、文字数が非常に少ないため、様々な解読結果を作ることが可能です。

そのため、現在でも決定的な解答はありません。

もしかすると犯人の名前なのかもしれない。

単なる挑発なのかもしれない。

あるいは、最初から意味のない文字列だった可能性さえあります。

■ ゾディアックは「暗号マニア」だったのか?

犯人の行動を見ると、単純な殺人犯とは少し違う特徴があります。

新聞社への手紙。

暗号。

シンボルマーク。

警察への挑発。

メディアへの要求。

こうした行動から、犯人は非常に強い自己顕示欲を持っていたと考えられています。

また、暗号を使うことで、自分だけが秘密を握っているような構図を作り出しました。

社会全体を一つの「ゲーム」に巻き込んでいたとも言えます。

そして、この「ゲーム性」こそが、事件を半世紀以上にわたって人々の記憶に残した理由の一つなのかもしれません。

■ 「ゾディアック」という名前にも意味がある?

Zodiacとは、英語で「黄道帯」や「十二宮」を意味します。

犯人がなぜこの名前を選んだのかは、分かっていません。

占星術との関係。

宗教的な意味。

単なる響きの好み。

あるいは、別の意味があったのかもしれません。

ただし、犯人は手紙の中で特徴的なシンボルを繰り返し使用しており、単なる偶然ではなく、自分自身を演出するためのブランドのようなものだった可能性があります。

■ ゾディアック事件と「模倣犯」

ゾディアック事件が有名になったことで、後に類似した脅迫や手紙が送られるケースも発生しました。

これは連続犯罪において珍しいことではありません。

犯人がメディアに登場することで、別の人物がそれを模倣する可能性があります。

そのため、ゾディアックを名乗るすべての手紙が、本物のゾディアックによるものだったのかどうかも慎重に判断する必要があります。

実際、後年の手紙の中には真正性が疑われているものもあります。

つまり、事件が長期化するほど、

「本物のゾディアック」

と、

「ゾディアックを名乗る別人」

の区別が難しくなっていったのです。

■ なぜ犯人は捕まらなかったのか?

最大の理由は、当時の捜査技術です。

現在のような高度なDNA鑑定。

監視カメラ。

スマートフォンの位置情報。

大規模なデータベース。

顔認識技術。

こうした技術は、1960年代には存在しませんでした。

犯人が手紙を送ったとしても、そこから身元を特定するのは非常に困難です。

しかも犯人自身が意図的に警察を混乱させていた可能性があります。

さらに、複数の事件をまたいで捜査機関が情報を共有することにも、現在とは違った制約がありました。

■ もしゾディアックが現代に現れたら?

ここからは、少し想像してみましょう。

もしゾディアックが2026年の現代に現れたら――。

新聞社へ手紙を送る必要はありません。

SNSがあります。

動画サイトがあります。

匿名掲示板があります。

そして、スマートフォンがあります。

一度でも犯人が現場に姿を見せれば、周辺の監視カメラやスマートフォン、車載カメラなどに記録される可能性があります。

さらに、郵送物からDNAや指紋が検出されれば、捜査は当時よりはるかに進めやすくなります。

そう考えると、ゾディアック事件が1960年代という時代に発生したこと自体が、犯人にとって非常に大きな「幸運」だったのかもしれません。

■ それでも、最大の謎は残る

ゾディアック事件には、いまだに分からないことが数多くあります。

犯人の本名。

正確な犯行件数。

犯人が突然消えた理由。

一部の暗号の本当の意味。

そして――。

なぜ、あれほどまでにメディアへ執着したのか。

これらの謎は、半世紀以上が経過した現在も完全には解明されていません。

■ 「犯人はもう死んでいる」のか?

事件から約60年。

もしゾディアックが1960年代に成人だったとすれば、現在生存している可能性は徐々に低くなっています。

有力容疑者として名前が挙がった人物の中にも、すでに亡くなった人物がいます。

つまり、仮に犯人がすでに死亡していたとしても、不思議ではありません。

しかし、それは同時に別の問題を生みます。

本人が死亡してしまえば、事件の真相を直接聞くことができなくなるからです。

もし犯人が墓の中へ秘密を持っていってしまったのなら――。

永遠に真相へたどり着けない可能性もあります。

■ もし「犯人の手記」が見つかったら?

想像してみてください。

ある日、古い家の屋根裏から一冊のノートが発見される。

そこには1968年、1969年の日付。

そして、当時の事件について、犯人しか知り得ない詳細が書かれている。

最後のページには――。

「I am Zodiac」

と記されていた。

もしそんな資料が本当に発見されたなら、世界中のメディアが一斉に報道するでしょう。

しかし、現実にはそのような決定的な資料は発見されていません。

だからこそ、ゾディアック事件は現在も「未解決事件」として残っています。

■ ゾディアック事件の真相――犯人は誰だったのか?

現時点で、ゾディアック事件の犯人は特定されていません。

複数の容疑者が捜査線上に浮上しましたが、誰一人として決定的な証拠によってゾディアック本人だと確定されていません。

そして、事件の象徴となった暗号の一つは、2020年になってようやく解読されました。

しかし、そこにも犯人の名前はありませんでした。

つまり――。

半世紀以上の時間が流れても、最大の謎は残されたままなのです。

「ゾディアックとは、一体誰だったのか?」

■ 最後に残る、ひとつの恐ろしい可能性

ゾディアック事件を考える上で、最も恐ろしいのは、犯人が高度な犯罪者だったことではありません。

むしろ――。

「普通の人間の中に、犯人が紛れ込んでいた可能性」です。

近所の住人だったのかもしれない。

職場の同僚だったのかもしれない。

街ですれ違った人物だったのかもしれない。

あるいは、当時の捜査員や事件を報道した人々のすぐ近くにいたのかもしれません。

そして事件が終わった後、何事もなかったかのように生活を続けていた可能性もあります。

1969年に姿を消した「ゾディアック」。

その正体が、もし今もどこかに残された古い手紙やDNA、写真、記録の中に眠っているのだとしたら――。

いつか新しい科学技術によって、その仮面が剥がされる日が来るかもしれません。

しかし、それまでは。

「Zodiac」という名前だけが、アメリカ犯罪史に残り続けます。

そして、半世紀以上経った今もなお、世界中の人々は同じ問いを繰り返しています。

――ゾディアックとは、いったい誰だったのか?
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