1969年7月20日。
人類は初めて月面に到達しました。
アポロ11号のニール・アームストロングとバズ・オルドリンが月面に降り立ち、マイケル・コリンズが月の周回軌道上で待機。
その後もアポロ12号、14号、15号、16号、17号と有人月面着陸は続きました。
そして1972年12月。
アポロ17号の宇宙飛行士たちが月面を離れました。
――それ以来、人類は一度も月面に立っていません。
ここに、アポロ計画最大の謎があります。
「なぜ、あれほど月へ行ったのに、突然行かなくなったのか?」
1960年代のアメリカは、現在よりはるかに原始的なコンピューターしか持っていませんでした。
それでも人類を月へ送り、無事に地球へ帰還させることに成功しました。
ところが、その後50年以上。
科学技術は猛烈な勢いで進歩しました。
コンピューターは桁違いに高性能になり、通信技術も進化しました。
人工知能まで登場した現代になっても、人類は月面へ戻っていません。
これは、少し不思議ではないでしょうか。
「一度できたことなら、もっと簡単にできるはず」
そう考える人がいても不思議ではありません。
そして、この空白の50年間こそが、アポロ計画をめぐる様々な疑惑や都市伝説を生み出す原因の一つになっています。
なぜアポロ計画は終了したのか。
なぜ月面着陸は続かなかったのか。
なぜ月面に残されたものを、長期間ほとんど人類が調査しなかったのか。
そして――。
「本当は、何か月へ行けない理由があったのではないか?」
今回は、アポロ計画最大の謎を追っていきます。
■ アポロ計画は、最初から「月へ行くため」だったのか?
アポロ計画が始まった背景には、科学だけでは説明できない巨大な政治的目的がありました。
それが、冷戦です。
1957年。
ソ連は世界初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げました。
アメリカにとって、これは大きな衝撃でした。
さらに1961年。
ソ連のユーリ・ガガーリンが人類初の有人宇宙飛行を成功させます。
アメリカは宇宙開発競争で、ソ連に先を越され続けていました。
そこでジョン・F・ケネディ大統領は、1960年代の終わりまでに人間を月へ送り、安全に地球へ帰還させるという国家目標を掲げます。
つまりアポロ計画は、単なる科学プロジェクトではありませんでした。
「アメリカがソ連より優れた技術力を持っている」
それを世界に示すための、国家規模のプロジェクトだったのです。
そして1969年。
アポロ11号が成功。
アメリカは宇宙開発競争において、決定的な勝利を手にしました。
しかし――。
ここから、アポロ計画は急速に終わりへ向かっていきます。
■ なぜアポロ計画は突然終了したのか?
アポロ11号が成功した後も、NASAは月面着陸を続けました。
アポロ12号。
アポロ14号。
アポロ15号。
アポロ16号。
そして最後のアポロ17号。
当初は、さらに多くの月面ミッションが予定されていました。
しかし、計画は次々と中止されます。
最大の理由は、やはり「費用」でした。
アポロ計画には莫大な予算が投入されていました。
月面へ人間を送るためには、巨大なロケットを開発し、宇宙船を作り、地上設備を整え、膨大な人数の技術者や科学者を動員する必要があります。
そして一度月へ行ったからといって、それだけで莫大な経済的利益が生まれるわけではありません。
冷戦という政治的目的が弱くなれば、国民や議会から、
「なぜそこまでお金を使って月へ行く必要があるのか?」
という疑問が出てきます。
つまり、月へ行けなくなったのではありません。
「月へ行き続ける理由」が小さくなっていったのです。
■ 「アポロ18号」はなぜ存在しないのか?
ここで、陰謀論でも頻繁に登場する名前があります。
「アポロ18号」です。
映画や都市伝説では、
「アポロ18号は極秘に月へ送られた」
「月の裏側で未知の文明を発見した」
などという物語が語られることがあります。
しかし、実際にはアポロ18号を含む後期のミッションは、予算削減などによって中止されました。
つまり、
「アポロ18号が存在しない=何かを隠している」
というわけではありません。
むしろ、アポロ計画が政治的・経済的な事情によって縮小されていったことを示しています。
■ では、なぜ「月へ行けない」という印象が生まれたのか?
ここが非常に興味深いところです。
アポロ17号が月面を離れたのは1972年。
それから現在まで、半世紀以上が経過しました。
その間、人類は火星探査機を送り、木星や土星の衛星まで探査機を送りました。
宇宙望遠鏡によって、遠い銀河やブラックホールまで観測しています。
それなのに、最も近い天体である月には、人間を送りませんでした。
そのため、
「なぜ月より遠い場所を探査できるのに、月へ戻れないのか?」
という疑問が生まれます。
しかし、ここには大きな違いがあります。
無人探査機と有人宇宙飛行では、必要な技術も安全基準もコストもまったく異なります。
人間を乗せる場合、生命維持装置、放射線対策、緊急時の帰還手段など、無人探査機には必要ない大量のシステムが必要になります。
■ アポロ計画で使った技術は「もう残っていない」のか?
これもよく語られる疑問です。
「1969年に月へ行けたのに、なぜ現在は行けないのか?」
その理由の一つは、アポロ計画で使用された巨大な産業基盤が、そのまま維持されなかったことです。
サターンVロケットは、アポロ計画を支えた巨大ロケットでした。
しかし、アポロ計画終了後、その生産ラインが現在まで継続しているわけではありません。
同じロケットを倉庫から取り出して、再び月へ飛ばせばいい――という単純な話ではありません。
設計者や技術者が引退し、製造設備がなくなり、部品の供給網も失われます。
つまり、
「技術を知っている」
ことと、
「同じシステムをもう一度製造できる」
ことは別なのです。
これは非常に重要なポイントです。
■ 「じゃあ、なぜ新しいロケットを作らなかったのか?」
ここでさらに疑問が生まれます。
「サターンVがなくなったなら、新しいロケットを作ればいいのでは?」
その通りです。
そして実際、アメリカは新しい有人月探査計画を進めています。
それが、アルテミス計画です。
アルテミス計画では、月面への有人帰還だけでなく、将来的には月周辺での活動拠点の構築なども目指しています。
つまり、人類は「月を忘れた」のではありません。
むしろ、再び月へ向かうための新しい時代に入ろうとしているのです。
■ 月の裏側に「何か」があるのか?
アポロ計画最大の謎を語るとき、必ず登場するのが、
「月の裏側」
です。
月は地球に対してほぼ同じ面を向け続けています。
そのため、地球から直接見ることができない「裏側」が存在します。
このことから、
「月の裏側には宇宙人の基地がある」
「NASAはそこで何かを発見した」
「アポロ計画で未知の建造物を撮影した」
といった都市伝説が生まれました。
しかし、月の裏側は「永遠に見えない場所」ではありません。
月周回探査機によって詳細に観測されています。
月の裏側には、巨大なクレーターや山地など、非常に興味深い地形が存在します。
ただし、現在までに宇宙人の基地や人工建造物が確認されたという科学的証拠はありません。
■ 「アポロは月の裏側で何かを見た?」
これも有名な話です。
アポロ宇宙飛行士は、月の裏側を通過した際、地球との直接通信が一時的に途絶えました。
月そのものが電波を遮るためです。
そのため、地上管制センターからは宇宙飛行士の声が聞こえなくなります。
ここから、
「通信が途絶えている間に、宇宙飛行士は何かを見た」
「NASAが公開していない会話がある」
という都市伝説が生まれました。
しかし、通信が途絶えること自体は月の裏側を飛行する以上、自然な現象です。
「通信できない時間があった」
という事実だけで、未知の何かが存在した証拠にはなりません。
■ 「アポロ17号が最後」なのは偶然なのか?
最後の有人月面着陸となったのが、アポロ17号です。
そして、このミッションには特徴があります。
科学的な調査を重視したミッションだったことです。
宇宙飛行士たちは月面で大量の試料を採取し、地質学的な調査を行いました。
また、月面車を使用して広範囲を移動しました。
それだけではありません。
アポロ17号の船長は、ユージン・サーナン。
彼は月面を歩いた最後の人間となっています。
1972年12月以降、半世紀以上にわたって、この記録は更新されていません。
■ 「月面に残されたもの」は何を意味するのか?
アポロ計画によって、月面には様々なものが残されました。
科学実験装置。
月面車。
着陸船の一部。
レーザー反射鏡。
そして、宇宙飛行士たちの足跡。
月には大気がほとんど存在しないため、風や雨によって地表が大きく変化することがありません。
そのため、月面に残された痕跡は非常に長い期間保存される可能性があります。
つまり、1969年に人類が残した痕跡を、数十年後、数百年後、さらに遠い未来の人類が調査することも可能なのです。
これは非常に不思議なことです。
私たちが現在見る月面には、半世紀以上前の人類の活動の痕跡が残っています。
■ では、なぜもっと月面を調査しなかったのか?
ここにも、アポロ計画最大の謎があります。
月は地球から最も近い天体です。
しかも、人類が実際に歩いたことがある場所です。
それなのに、その後長期間にわたって有人探査が行われませんでした。
もちろん、無人探査機による月の観測は続いています。
しかし、宇宙飛行士が月面に立つことはありませんでした。
これは「技術的に不可能だった」というより、優先順位の問題でした。
国家予算。
政治。
安全性。
科学的な目的。
国民の関心。
様々な要素を考える必要があります。
そして、人類は月よりも先に、地球周辺の宇宙ステーションや無人惑星探査などへ重点を移していきました。
■ 「月へ行くより、火星へ行くべき」という考え
宇宙開発の歴史を見ていると、もう一つ面白いことがあります。
月の次の目標として、火星が語られるようになったことです。
火星は月よりはるかに遠く、人間が実際に到達するには大きな技術的課題があります。
しかし、科学的には非常に魅力的な天体です。
過去に水が存在した痕跡があり、生命が存在した可能性も研究されています。
そのため、
「月へ何度も行くより、火星を目指した方が科学的価値が高い」
という考え方も生まれました。
結果として、月面有人探査が長期間停滞する一方、火星探査機による研究が大きく進んでいきました。
■ それでも月は「最初の一歩」だった
しかし、月を軽視することはできません。
月は、人類が初めて地球以外の天体に直接到達した場所です。
そして、地球から比較的近いという最大の利点があります。
将来的に人類が火星へ向かうとしても、月は重要な中継地点になる可能性があります。
月面で資源を利用できるようになれば、深宇宙探査のための拠点として利用できるかもしれません。
その意味では、アポロ計画は「終わった」のではなく、次の段階へ進むための最初の実験だったとも考えられます。
■ アポロ計画に「隠された目的」はあったのか?
ここからは、都市伝説の領域に入ります。
アポロ計画には、表向きの科学的目的とは別に、秘密の軍事目的があったのではないか。
そんな説も存在します。
月面に軍事基地を作る計画。
月面から地球を監視する計画。
月の資源を利用する計画。
様々な説が語られてきました。
しかし、現在確認されている資料から、アポロ計画が宇宙人や未知の文明を秘密裏に調査するための計画だったことを示す信頼できる証拠はありません。
アポロ計画の中心にあったのは、冷戦下の国家威信、有人宇宙飛行技術の確立、月面科学調査などでした。
■ それでも「アポロ計画最大の謎」は残る
では、結局何が謎なのでしょうか。
それは、
「人類が月へ行けたこと」
ではありません。
それよりも、
「なぜ、その後50年以上も人類は月へ戻らなかったのか」
ということです。
1969年当時、人類はまだ宇宙開発の黎明期でした。
それにもかかわらず月へ到達しました。
そして現在、当時とは比較にならないほど科学技術が進歩しています。
それでも、有人月面着陸は長期間行われませんでした。
この事実だけを見ると、確かに不思議です。
しかし、その背景を調べると、そこには「月へ行けない秘密」があるというより、政治と予算という非常に現実的な事情が見えてきます。
■ もしアポロ計画が続いていたら?
もし1970年代以降も、アポロ計画と同じ規模の月面探査が続いていたら。
人類は今頃、月面基地を建設していたかもしれません。
月面に天文台が設置されていたかもしれません。
月の資源を利用する技術も、現在よりはるかに進歩していた可能性があります。
あるいは、もっと早い段階で火星へ人類を送り込んでいたかもしれません。
しかし、歴史はそうなりませんでした。
アポロ計画は終了し、人類は長い間、月から離れることになります。
■ そして、再び月へ
現在、人類は再び月へ向かおうとしています。
アポロ計画から半世紀以上。
新しい宇宙船。
新しいロケット。
新しい宇宙服。
新しい月面探査技術。
そして今回は、単に「月へ行って帰ってくる」だけではありません。
月面で長期間活動し、将来的には月をさらに遠い宇宙へ向かうための拠点として利用することも構想されています。
つまり、アポロ計画が「月へ行けることを証明する時代」だったとすれば、これから始まる月探査は、
「月を人類の活動圏にする時代」
なのかもしれません。
■ アポロ計画最大の謎――本当に不思議なのは「行ったこと」ではない
アポロ計画をめぐっては、様々な都市伝説があります。
月面着陸は捏造だった。
月の裏側で未知の文明を発見した。
NASAは秘密を隠している。
アポロ宇宙飛行士は何かを見た。
しかし、現在確認されている証拠から、こうした説を裏付ける決定的な証拠はありません。
むしろ、アポロ計画が実際に行われたことを示す証拠は非常に多く残されています。
だからこそ、本当に興味深い謎は別の場所にあります。
1969年。
人類は月へ行きました。
そして1972年。
人類は月から去りました。
その後、半世紀以上もの時間が流れました。
人類は一度月へ行ったのに、なぜそこに留まらなかったのか。
なぜ月面基地を作らなかったのか。
なぜ次の一歩を踏み出すまで、これほど長い時間が必要だったのか。
そこにあるのは、宇宙人の存在を示す証拠ではありません。
むしろ、人類が宇宙へ進出するためには、技術だけではなく、莫大な費用、政治的な意思、そして社会全体の目的意識が必要だという現実です。
そして今――。
人類は再び月を目指しています。
もし次の有人月面着陸が実現すれば、それは単なる「アポロ計画の続き」ではありません。
1969年に始まった月面探査の物語が、50年以上の空白を経て、再び動き始める瞬間です。
そして、その先には――。
火星。
さらに、その先の深宇宙があります。
アポロ計画最大の謎。
それは、
「なぜ人類は月へ行かなくなったのか?」
ではなく――。
「なぜ人類は、月へ行ったのに、そこから先へ進むのに50年以上もかかったのか?」
なのかもしれません。
アポロ計画最大の謎
人類はなぜ月へ行かなくなったのか?